安城市中央図書館 > 郷土メニュー > 郷土資料 > 安城の新美南吉 > 新美南吉年表

新 美 南 吉 年 表


年号
年齢
で き ご と
大正2年   7月30日、愛知県半田町に生まれる
父、渡辺多蔵 母、りえ 本名、正八
大正6年 4才 実母、りえ死亡
大正8年 6才 継母、志ん入籍 弟生まれる
大正9年 7才 半田第二尋常小学校へ入学
大正10年 8才 母の実家、新美家の養子となる
3か月ほどで実家へ帰る 病弱で孤独な幼年時代
大正15年 13才 県立半田中学校へ入学
同人雑誌をだす
昭和4年 16才 文学に興味を持ち、同人誌「オリオン」編集
昭和6年 18才 半田中学卒業
岩滑小学校の代用教員を勤める
赤い鳥に入選(正坊とクロ・張紅倫)
昭和7年 19才 東京外国語学校英文科入学
赤い鳥に「ごんぎつね」入選
昭和9年 21才 第一回喀血、帰郷
昭和10年 22才 幼年童話を書く
昭和11年 23才 東京外国語学校卒業
雑貨貿易商工館に勤める
第二回喀血、帰郷
昭和12年 24才 河和尋常高等小学校の臨時教員を勤める
杉治商会畜禽研究所に住み込み勤務
昭和13年 25才 4月 安城高等女学校に赴任、一年生を担任
5月 修学旅行の付き添いとして、東京、日光、長野へ
8月 滝山寺へ自転車旅行
昭和14年 26才 2月 津島高等女学校の音楽会に出席
2月 生徒詩集第一集「雪とひばり」発行、以後六集まで
4月 安城新田にて下宿
4月 村積山へ遠足
5月 ハルピン日々新聞への寄稿
5月 三年生の関西旅行の付き添い
7月 富士登山
8月 大島、東京方面視察旅行
昭和15年 27才 2月 弟益吉の入営を祝う
3月 生徒のラジオ出演に付き添い名古屋放送局へ行く
3月 宮地山へピクニック
3月 東京へ行き、巽聖歌、与田準一らに会う
4月 三年生の関西旅行に付き添い
11月 大府診療所へ慰問の付き添い
作家として注目される
昭和16年 28才 3月 岩津天神へ遠足
3月 過労から肝臓を患い一時病床につく
7月 安城第四国民学校のピアノ披露音楽会に出席
10月 「良寛物語 手毬と鉢の子」を出版
12月 腎臓結核悪化、血尿出る
昭和17年 29才 3月 担任の生徒の卒業に際し色紙に句をかく
4月 大聖寺河原へ遠足
5月 級報「雪とひばり」発行
6月 「花のき村と盗人たち」の原稿を送る
8月 「都築弥厚伝」執筆のため群馬県万座温泉に宿泊
10月 童話集「おぢいさんのランプ」刊行
11月 勤務先をしばしば休む
この年童話、詩を多数執筆
昭和18年 30才 1月 このころより学校欠勤
2月 長期欠勤のため安城高等女学校退職
巽宛てに未発表の作品を送る
3月 喉頭結核のため3月22日永眠、法名釈文成
昭和23年   安城高女中庭に教え子たちによるででむし詩碑除幕
    没後、文名高まる


サルビー