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正八先生と私たち1



安城高等女学校の教え子 加藤千津子さん(左)と馬場貞さん

-出会い-
 昭和13年4月、私たちは安城高等女学校に入学しました。新美正八先生もご新任、お互い新鮮で、ある種の緊張感もただよう出会いでした。
 新しい背広とソフト帽をかぶられ、それまでの安城高女にはない「東京の文学青年のようなイメージだったわ」といった級友の声もありました。大府から先生が汽車に乗られているのも知らずに、「今度の英語の先生の名前は正八だって。おじいさんみたいね」と上級生が話しているのを聞かれて、「ご覧のとおりのハンサムな者でして・・」と講堂でユーモラスな自己紹介をされました。その一言で入学式の雰囲気が和らぎ、私たちの緊張もほぐれ女学生になったうれしい実感がやっとこみあげてきたものです。
 1学年1クラス制で全校生徒200人余り、先生も12人と家庭的なこじんまりとした学校でした。先生には担任として、また英語、国語、作文を教えていただき、結果的には4年生まで持ち上がりでお世話いただくことになりました。

-教育-
 生活指導の面で忘れられないことは、私たちが毎日、記して提出した日記に先生が書いてくださった言葉です。授業、家庭、友だち、日々の生活のことなどどんなことを書いてもよいものでした。赤ペンでいろいろ書き添えられ、ほめてくださったことは皆、今も忘れられないようです。先生は私たちにとって兄であり、父であり、心理学者であったわけです。
 作文と詩の指導にも力を入れていただき、句読点のつけ方や誤字、脱字には必ず赤ペンが入りました。「雪とひばり」など、生徒詩集も作られました。もちろん、先生の作品も載っています。現在の安城公園付近へ出かけ、目にふれるもの、心に感じるままを素直に自由詩に作るよう指示され、作品はつたなくても、どこか何かキラッと光るものがあると必ずほめられました。 東京外語を卒業された先生の英語の授業や指導方法は、基本的に教科書に準じて正確になさったと思います。

 私たちのクラスは、全校でのお誕生会や謝恩会の時には寸劇をしました。当然のように先生に脚本をお願いし、それを精一杯演じますと、校長先生をはじめ見る人すべてが心から楽しんでくださったものです。今思うと、先生の脚本にあるユーモアとヒューマニズムに一同が共感したということではないでしょうか。記憶に残っているそれらの劇の題名は、「ランプの夜」「ガー子の卒業祝賀会」「千鳥」などです。
 花がお好きで、花壇の草を取られたり、校庭の木陰で生徒のようすなどを見ていらっしゃることもありました。創作するにあたって、イメージを暖めてみえたのでしょうか。

 時として先生は私たちに、生徒に教えるというよりは、仲間に語りかけるというように接しられました。文学について、クラシック音楽について、洋画のことなども話されたものです。半分は別世界のことのように感じながらも先生が芸術について語られる時、ちょっぴり大人になったような気持ちでうれしくなりました。
 でも、何分にも感受性の強い時期でしたから、文学者でもある先生の鋭い洞察力の前では、心の中をいつも見透かされているような気がして、こわい時もありました。欺まんは許されません。けれど、教師としての先生はどの生徒の個性や長所も見つけ出し、伸ばしてくださいました。一人ひとりに目をかけられたと思います。

 こうした先生との日々が過ぎ、生徒たちが高学年に成長したその頃、先生は実際にはだんだんお体の具合が悪くなっていらしたのですが、私たちにそれを話されたことはありませんでした。


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サルビー