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更新日:2017年12月10日

 新編安城市史1通史編「原始・古代・中世」

 解説   / 監修のことば / あとがき / 各章概要

  

安城市長  神 谷  学

 安城市は昭和二十七年、県下一三番目の市として誕生し、平成十四年には市制施行五〇周年の記念すべき 年を迎えました。ここに、郷土の発展に尽力された先人に深い敬意と感謝の意を表しますとともに、これま での歴史を回顧しながら、二一世紀の輝かしい未来に向けて新たな安城市を展望する意義ある時期といたします。
 さて、昭和四十六年及び四十八年に『安城市史』及び『安城市史資料編』を一巻ずつ発刊いたしましたが、 その後、社会情勢が目まぐるしく変化をするとともに、市民の郷土史に対する関心の高まりや新しい歴史資 料の発見などもあり、平成九年度から新たな市史編さん事業に着手いたしました。市史編さんの基本方針は、 近年の研究成果をふまえ、安城市域を中心に旧碧海郡や西三河も視野に入れたものとし、そして、市民に親 しまれ活用される市史を目指すというものであります。市民一人ひとりにつながる歴史や風土の特徴をとらえた市史を編さんすることは、二一世紀を展望する手掛かりを得るために必要なことであると考えております。

 『新編安城市史』全一一巻の内、このたび刊行となりました『新編安城市史1通史編原始・古代・中世』 は、旧石器時代から統一政権が成立する織豊期までの各時代、時期ごとに安城市域と関わりのある事がらを 分かりやすい文章で叙述いたしました。
 旧石器時代から弥生時代にいたるまでは市内各遺跡から出土した土器類、遺構などをもとに当時の生活や 他の地域との交流の様子を述べております。また、平安時代では三河の特産品で「犬頭糸」と呼ばれた白絹の糸のことや、鎌倉時代に三河の守護であった足利氏とこの地域との関係なども詳述しております。さらに、 室町時代から戦国期においては、この地域が安城松平氏発祥の地であり、徳川家康の祖父にあたる清康が本拠地を岡崎に定めた一六世紀前半までは松平一族の中心地であったことを示す内容や三河一向一撲後、織豊期における浄土真宗と家康との支配関係などを興味深く描いております。本巻が各分野で、また、一人でも 多くの方々に活用され、地域の歴史に一層の関心と理解を深めることになるならばこの上ない喜びでありま す。
 終わりに、本事業に多大なご尽力を賜りました市史編さん委員並びに編集委員及び執筆者・調査協力者各 位に衷心から感謝申し上げ、併せて貴重な資料や情報の提供をいただきました多くの方々に心からお礼申し上げ、発刊のごあいさつといたします。

 平成十九年三月

  

監修のことば

安城市史監修者  新 行 紀 一

 平成九年度に開始された『新編安城市史」編さん事業は、一〇年を経て『新編安城市史1通史編原始・ 古代・中世』を刊行することとなりました。引き続き近世、近代、現代を平成十九年度中に刊行し、当初の 計画を終了する見通しです。昭和四十年代後半の前回の市史から三十余年を経て、全く新しい内容の通史をお目にかけることになりました。

 この三〇年の間、日本国内も安城市域も大きな変貌をとげました。それを象徴するものが、明治用水の暗 渠化と更生病院の移転、および東海道新幹線三河安城駅の設置であろうかと思います。産業構造の変化と科 学技術の進展は、地域の景観に素直に表れているといえましょう。
 三〇年の間に、日本史研究の各分野においても大きな進展がみられました。炭素一四年代測定法は大きな進歩をとげ、遺物の年代決定の正確度は著しく向上しました。工場建設や農業構造改善事業に伴う大規模調査によって、多数の遺跡調査が実施され、多量の遺物が発掘されました。電子工業技術の進歩とともに、大 量の文字資料の調査・整理・保存が可能となりました。

 このような科学技術の進歩にともなう資料の飛躍的増大と多様な研究視角の出現をふまえ、新しい市史編さんにおいては、おおよそ次の三点を目標としてまいりました。
 ①三〇年間の日本史研究の最新の到達度を提示する。
 ②通史の基礎としての資料編を充実させる。
 ③研究の成果をできるだけわかりやすい形で提示する。
 一七名の編集委員を中心とする各部会は、基礎作業として広汎な調査と資料収集作業を進めてきました。 その成果が平成十四年度から刊行された資料編七巻です。各巻七五〇ぺージ余に盛り込まれた市域の歴史と自然にかかわる多様な資料は、通史編の基礎であるにとどまらず、高い水準の学問的データとして、独自の 価値を保持していくことでしょう。全ぺージをカラー印刷にした『11資料編自然』『10資料編考古』は、ともに愛知県内の自治体史では最初のものであります。前者は、二〇世紀末における市域の自然環境の詳細な記録であり、後者はこの三〇年間における考古学的調査活動の集大成です。これからの自治体史のあり方の模範例となることを目指したものです。

 『5資料編古代・中世』に、多数の新出史料を含む七六〇点余の大部分に読み下し文と解説を付けた、県 内自治体史としては初めての試みです。できるだけわかりやすい形で研究の現段階を提示しようとする意欲の溢れた資料編です。『10資料編考古』と二冊の資料編とふまえて執筆された本巻『1通史編原始・古代・中世』の構成は目次あるいは「あとがき」の内容紹介の通りですが、はじめて紹介される旧石器時代以来の市域の人間活動の多様さ、奈良県石神遺跡出土木簡に記された大化前代の「青見評」の人々、長崎県島原市松平文庫所蔵文書から推定できる安城・桜井・岡崎の松平一族の連合と抗争、新しい視点でみた徳川・豊臣の戦争と平和など、三〇年間の研究成果をふまえた新知見は、挙げればきりがありません。御一読下されば、市域 の新しい原始-中世の姿が納得いただけることでしょう。

 近世から現代にわたる通史編三冊は、各々に対応する資料編をもっております。それをふまえた執筆・校 正作業が進行中ですが、資料編との関係には若干差があります。
 『6資料編近世』の採録点数は二一六点で、 前市史の一九四点にも及びません。しかしこれには理由があります。市域には本證寺の約九〇〇〇点をはじめとして、二万余点の近世古文書が残されています。そのうちより選択された掲載資料は、近世に市域に生きた人々の生活の諸様相を典型的に示すものです。しかもそのほとんどを写真と釈文で示し、さらに要約・ 解説を付して理解しやすくしてあります。全国的にみても全く新しい形の自治体史資料集として高く評価をされています。他方、近世社会の土地制度の基礎を示す検地帳三九点や、真宗が優勢な社会における真宗寺 院と民衆の動向を確認できる本證寺『諸事記」(抄)を市史調査報告書として別途刊行するなどの努力がな されています。それらをふまえて『2通史編近世』は、太閤検地にはじまる豊臣政権下の人々の活動から、 明治四年の廃藩置県にいたる約二八○年間の市域の姿を描き出します。

 『3通史編近代』は市域の近代史を、明治維新より安城駅設置まで、安城町・桜井村成立まで、日中戦争開始まで、戦後期の四期に区分した『7資料編近代』二三一点などをふまえて、アジア・太平洋戦争までの約八○年間を描きます。明治用水開削に始まる、豊かな農村社会建設をめざした市域の人々の諸活動が、「日 本デンマーク」を生み出した過程を、大衆化・都市化・大正デモクラシー、十五年戦争といった日本近代の中に、新しい見方で位置づけられます。

 通史編の第四巻である『4通史編現代』は、市域の現代史を、高度成長の終焉を転換点として大きく二つ に分けて叙述する予定です。前市史の三倍の年数を対象とする『8資料編現代』は約半世紀の統計資料、項目別文書資料、「日本のデンマーク」の変貌を示す資料、の三部構成でありました。これをふまえながら、 市民の日常生活の変化にまで迫る工夫が進められております。『9資料編民俗』は、真宗が優勢な社会にお ける民俗を詳細に記述した自治体史として高い評価をうけています。それをも重要な資料として、二〇世紀 後半における暮らしぶりの移り変わりが語られることでしょう。

 現段階での日本史研究の到達点をふまえ、かつわかりやすい市史を目指して、編集委員をはじめ、調査執 筆委員、調査協力員総計九六名は、これまで四〇回をこえる編集委員会をもち、市内外延べ二三〇〇回の調 査、数知れずの部会や分科会を積み重ねてきました。その過程での研究成果は、『安城市史研究』八号、「安城市史だより」二四号、市史報告書四冊、さらには合計五二回におよぶ市史入門講座などで、公表してきま した。

 右のような経過で刊行されます通史編が、どこまで市民各位の興味・関心に答えられるものであるかは、 読者の方々の判断をまつところでありますが、ここにいたるまでには資料閲覧をはじめとする多方面におい て、多くの方々のご協力を得て来ました。また市史編さん事業に、若干先行してはじまった愛知県史編さん 事業に多くの執筆者が関係していることで、資料調査等において多大の便宜を受けました。特記して謝意を 表す次第です。

 最後になりましたが、度重なる安城市当局の決断に敬意を表します。愛知県自治体史としては初の通史編 全ぺージでカラー化を実現され、しかも可能なかぎりの低価格で研究成果の提示する態度を貫徹されました。 近代以来の地域文化重視の伝統を重く受け止め、『新編安城市史』全一一巻が、学校教育や生涯学習の広汎 な局面で活用されることを願って、監修のあいさつといたします。

 平成十九年三月

 

あとがき

市史編集委員(考古部会長)  加 納 俊 介
  同 (古代・中世部会長)   西 宮 秀 紀      

 監修者から平成九年(一九九七)に依頼を受け、部会を発足してからはや一〇年、ようやく『新編安城市 史1通史編原始・古代・中世」を発刊することができた。その間、平成十六年(二〇〇四)に考古資料編と 古代・中世資料編を刊行した。
 安城市史の部会長を引き受けたとき、一番の問題は戦国・織豊時代を除くと、安城市域(碧海郡)は古墳・ 官衙遺構などの発掘調査事例や、資料・史料に恵まれていないということであった。最大限の努力を払い資 料編を編纂したが、やはり市域の通史編を網羅的に執筆するには、各時代ごとの各分野の資・史料が不足していた。
 しかし、約三万五〇〇〇年前の旧石器時代後期から、天正十八年(一五九〇)の徳川家康江戸入府までの通史を記す以上、不均等な時代叙述にしたくなかった。そこで、各時代十分な通史となるようにし、市域の 叙述だけでは資・史料が不足する時代に関しては、西三河や日本史の中での位置付けも考えながら叙述する、 ということにした。

 前『安城市史』は、当時の地域情報が最大限洩らさず記された優れたものである。部会発足後しばらく、 市域を歩いてどこまで景観を掘り起こせるか、何度となく巡検を行った。市域に住んでいない委員が、その 地域史を記すという矛盾を克服したいという思いもあった。しかし、昭和四十年(一九六五)ごろを境に、 開発により多くの民俗・伝承事例が激減したのと同様に、市域の姿はあまりにも変貌しており、景観から歴 史を復元する困難さを実感したのである。とは言え、無駄ではなかったことは本書をひもといていただければわかるであろう。

 一方で、新資料として、遺跡の発掘や木簡・墨書土器の出現があり、『愛知県史』の編纂過程で、新たに発見された新史料も加わった。また、前『安城市史』の時代に比べ、かなり学説が変化してきている。これ まで、よく知られていた市域に関する資・史料の再検討も、前『安城市史』以来、研究者の間では行われてきた。ちなみに、平成十二年(二〇〇〇)から発行されている『安城市史研究』に掲載された委員の各論文は、 安城市域史や三河史、ひいては日本史に新しい光をあてるものが多く、それらの研究も今回の市史に存分に活かされていると思う。

 以上のような背景を踏まえ、各時代とも最新の考古学・歴史学の成果に基づき執筆が行われた。学説や研究史の典拠に関しては、第一~第三章を除き本文の読みやすさを考え、本文には掲げなかった。本市史末尾 には詳細な参考文献を示してあるので、それらを手がかりにしていただければ幸いである。
 
 ここで、通史の各章の内容の概略を簡単に紹介しておきたい。

 第一章「旧石器・縄文時代」は、西三河の旧石器文化について、近年注目されている加速器質量分析計による「較正年代」による分析が行われている。東海地域は全国でも有数の貝塚地帯であるが、西三河の貝塚の中でもとくに市域の堀内貝塚が代表であり、貝塚の埋葬人骨や叉状研歯、装身具を通じて西三河や市域の 縄文人の姿が浮き彫りにされる。

 第二章「弥生時代」は、時代概説につづいて、土器様式の動態を中心に、西三河地域の東西の日本列島文化での位置づけや伊勢湾地方の特色が述べられる。鹿乗川流域遺跡群は、弥生時代後期後半から古墳時代前 期に最盛期を迎える西三河の中核的な遺跡であるが、全体像を復原するための情報がまだ少ないため、付随 する線刻土器・環濠・墳墓などについて述べられている。

 第三章「古墳時代」は、時代概説につづいて、古墳出現前後の鹿乗川流域遺跡群について、外来系土器か らヒト・モノ・情報の動きの結節点の一つと位置付けられる。前方後方形墳丘墓の拡散や狗奴国濃尾平野説についての問題点も述べられる。桜井古墳群は西三河を代表する古墳群であるが、やはり情報がまだ少ない ため、交流の諸相に着目して、市域や西三河の古墳と社会の特色が述べられており、古代寺院の造営の始まりにも触れられる。

 第四章「ヤマト政権の時代」のみ、教科書的な飛鳥時代を使用していない。六世紀以前も含む記述と対応しなかったからである。ここでは主に碧海郡域にかかわる氏族や三河国造との関係、大化改新と養馬の問題、 評制や部民制についても述べられる。とくに、近年出土した石神遺跡出土木簡のうち、市域と関わる「青見 評」出身の仕丁木簡について詳述される。

 第五章「奈良時代」は、主に国府・郡家・駅家・東海道の制度と遺跡との関連、そして碧海郡内の人々の 暮らしが、天侯や疫病・災害とともに記される。また、政治や戦争に翻弄される人々の姿が描かれる。三河 国賑給関係文書の紹介や、市域で唯一出土した木簡である下懸木簡や市域出土の墨書土器、また市域の神社や寺についても述べられている。

 第六章「平安時代」は、古代の大きな転換期である九世紀の三河や市域の姿が描かれる。中央政治の転換とともに、院宮王臣家や諸司と結託した富豪層と、国司との狭間で揺れる人々の姿が描かれ、天侯異変など により荒廃し人口が減っていたことが述べられる。また、三河国特産物である犬頭糸について詳論される。 一方、一〇世紀から一二世紀にかけては、三河国の受領に焦点が当てられ、三河守源経相などの受領の姿が、 日記から丹念に活写される。また、市域にかかわる志貴荘の成立事情と伝領関係、碧海荘の成立事情が明らかにされる。

 第七章「鎌倉時代」は、中央の政治と東西の二重国家構造の境界に位置する西三河、とくにその中心たる 矢作川をめぐる地域政治の流れを、武士重原氏や分国主七条院、承久の乱後の守護足利義氏を中心に展開さ れる。天皇家の分裂により持明院統が三河の分国主となったこと、重原荘の地頭の状況や二階堂行氏置文からの市域周辺の所領状況、碧海郡と伊勢湾をはさむ伊勢神宮とのかかわり、京鎌倉往還や矢作宿の状況、碧 海荘の犬頭糸納入などが述べられる。

 第八章「南北朝時代」は、建武政権と対立した足利方が三河、矢作川を西国との国境とし、南北朝内乱初 期には吉良貞家が中心となり、その後高氏が支配していたこと、志貴荘と重原荘の伝領関係や、観応の擾乱 は三河の国人領主に様々な影響を与え、三河守護が仁木氏以下交替が続く経緯が述べられる。また、三河真 宗の起源いついて、専信房専海・光信房源海の門流などが西三河平野部に流入し、道場を拠点とし、堂舎・ 伽藍ができていく姿が描かれる。

 第九章「室町時代」は、守護の一色氏や細川氏、碧海郡の荘園の様相と公領(国衙領)の実態が述べられる。 碧海郡では和田氏が実力者であったが、応仁の乱により、三河国では守護の支配体制が崩壊し、その結果松 平氏の台頭と安城への進出過程が述べられる。また、大浜を中心とする三河湾・伊勢湾の海運も述べられる。 次に宗教状況を俯瞰し、中でも本願寺蓮如の宗教活動と三河真宗との関連を述べ、本證寺や上宮寺の動向を探り、三河本願寺教団の確立や「三河三か寺」の確立と勢力伸張、高田系真宗勢力についても触れる。

 第一〇章「戦国期」は、市域と最も関係が深い安城松平家二代道閲から今川統治までの時代について、今 川氏の三河進出ののち今川軍と織田軍との戦場となる中で、目まぐるしく変転する松平一門・家臣と、市域 及び安城城との関係が詳細に述べられる。また、市域の土豪の一族と名主・百姓の実態が明らかにされる。 宗教状況については、顕密系寺社が衰退する一方、浄土宗寺院の建立や本願寺教団の確立が目立ち、本證寺 門徒と上宮寺門徒が混在し、一集落一道場を原則とし真宗道場が形成された状況が述べられる。

 第一一章「織豊期」は、桶狭間の戦いで松平元康が岡崎に帰還し、織田信長との同盟から三河国統一にい たる過程が、市域を含めて詳論される。とくに、三河一向一揆の実態や三河本願寺教団との関係、一揆の直接の原因やその意義が明らかにされる。また、七か寺を除く三河本願寺門徒の赦免問題、三河国真宗寺院の赦免に対する礼銭賦課や材木京上人足役の賦課の問題も述べられる。最後に、家康の五か国総検地の実施の意義を述べ、三河国禁制から、豊臣政権下での徳川領であったと位置付けられる。

 以上のような章立ては、安城市から市民向けの市史にして欲しいという要望に応えるためであった。内容 に関しても、高度な内容を市民向けにということで、何度も議論をして、文章の統一を求め幾度と書き直しが行われた。それでも執筆委員各人の個性は消しがたく、とりわけ原始と古代・中世では記述方式の方法論の相違も相まって、若干記述方式が異なっている部分もある。多人数による共同作業の難しさを感じた次第 ある。

 しかし、多くの若手研究者が揃ったこともあり、新しい安城市史、さらには愛知県下で一番新しい市史の 形を作るという熱意を、本書から感じていただければ幸いである。その一つの表れとして、愛知県下で初めてのカラーによる市史通史編の誕生となった。

 以上、長々と述べたが、委員には原稿執筆後もお互いの原稿について、様々な指摘や重複の調整などを図っていただいた。その上、監修者の新行紀一先生には、原稿のあらゆる不備について、忌憚のない御意見をい ただき、事務局からも多大な助言をいただいた。このように、部会長の頼りなさを補うべく、幾重ものバッ クアップを得て本市史は成り立った。この紙面を借りて、関わられた全ての方に感謝したい。時間的限界も あり、なお不十分な部分も多々あるかもしれないが、ともかく本書を安城市民の皆様へお届けできることを、 喜びとしたい。

 平成十九年三月

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